心神耗弱、心神喪失で無罪になるのはなぜ?
ニュースなどでは、よく「弁護人が被告人の精神鑑定を要求した」と流れることがあります。
このような鑑定で精神に障害が認められると、場合によっては、「心神喪失(しんしんそうしつ)」が認められて、犯罪が成立しないことになったり、「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」が認められて、犯罪の成立自体は認められるものの刑が通常より軽くされたりすることがあります。
そのため、被告人を罪から免れさせたい、もしくは刑を軽くさせたい弁護人は、よく被告人の精神鑑定を要求し、被告人が心神喪失や心神耗弱の状態であったと主張するのです。
しかし、「刑法で禁止された行為で他人や社会に損害を与えたというのに、心神喪失で無罪にまでなるのはおかしいのでは?」「精神鑑定なんていらないのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
このコラムでは、心神喪失・心神耗弱について、裁判所の見解も交えて説明していきます。
1.犯罪の成立要件
まず、そもそも「犯罪」とは、以下のような構成要件に該当する、違法で有責な行為を犯した場合に成立します。
(1) 構成要件への該当性
構成要件とは、例えば、「人を殺した者は…」と刑法が規定している場合の「人を殺す」というように、刑法上禁じられた行為の類型のことをいいます。
この類型に当てはまらない場合は、どのような行為であっても犯罪は成立しません。
(2) 違法性
上記の構成要件が刑法上禁じられた行為の類型のことを指しますので、基本的に構成要件に該当する行為は違法なものです。
しかしながら、例えば、正当防衛が成立するような場合は、例外的に違法な行為ではなくなります。このような行為の違法性を否定する事情(違法性阻却事由)がある場合には、犯罪は成立しません。
(3) 有責性(責任能力)
上記の要件を満たした上で、さらに、行為者自身に刑罰を科されてもよい主観的事情がある場合にのみ犯罪は成立します。
例えば、自分の行う行為の分別がつかないような年少者の行為は、その年少者に十分な理解能力や自己の行動を制御する能力(責任能力)がなく、「法で禁止された行為を敢えて行った」という、刑事罰を科す規範的根拠である法的非難を向けることができません。
そのため、刑罰を科されてもよい主観的事情はないために犯罪が成立しないということになります。
(※人間の精神の成長には個人差があるので、一定の年齢層の少年の中でも、刑事罰を科すことのできる者とそうでない者が出てきます。)
2.心神耗弱・心神喪失とは?
成年者の中でも、心神耗弱者・心神喪失者は、上記1-(3)にある、刑罰を科されてもよい主観的事情が認められないので、犯罪は成立しません(有責性の問題)。
刑法39条
「心神喪失者の行為は、罰しない」(同1項)
「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」(同2項)
判例によると、「心神喪失」とは、精神の障害により事物の理非善悪を弁識する能力(弁識能力)またはその弁識に従って行動する能力(制御能力)のない状態のことをいいます。
また、「心神耗弱」とは、精神の障害がまだこのような能力を欠如する程度には達していないが、その能力を著しく減退した状態のことをいいます。
このように重い精神障害や発達遅滞を抱える者を「心神喪失者」と言います。心神喪失者は刑罰を科されてもよい主観的事情が全く認められないので、犯罪は成立しないのです。
また、それよりは軽い精神障害を抱えた「心神耗弱者」は、刑罰を科されてもよい主観的事情が全く認められないわけではありませんが、限定的であるため、犯罪自体は成立するものの必ず刑が減軽(通常よりも軽い範囲内での処罰)されることになります。
このように、精神に障害が認められると、場合によっては心神喪失が認められて犯罪が成立しないことになったり、心神耗弱が認められて刑が減軽されたりするのです。
そのため、何らかの精神障害を主張する根拠があれば、弁護人は被告人の精神鑑定を要求し、被告人が心神喪失や心神耗弱の状態であったと主張します。
なお、酔っ払った状態で起こした事件はどうなるのか、ということが気になる方も多いと思いますが、この点については以下の記事で詳しく解説しております。
[参考記事]
泉総合法律事務所の解決事例:酔っ払っての刑事事件(痴漢、暴行・傷害、窃盗)
3.実際に精神鑑定で無罪になるケースはある?
弁護人としては、どのような被告人であれ、刑が軽くなるように弁護をします。
そのような場合、常軌を逸したような行為を行う被告人は、精神に障害があったとしか考えられないなどと主張して精神鑑定を行い、心神喪失または心神耗弱を認めてもらえるように弁護を行うのです。
そもそも精神鑑定の必要を認めるか否かは裁判所が判断しますが、実施された場合には専門家の鑑定結果などを見て、裁判所が最終的に被告人の責任能力の有無を判断します。裁判所が心神喪失を認めれば、そこで無罪となるのです。
しかしながら、実際のところ、裁判所は心神喪失や心神耗弱を容易には認めない傾向にあると言われています。
(1) 裁判所の判断基準は厳しい
実際に精神鑑定を行うこととなり、医学的知見が裁判所に報告されたとしても、裁判所は「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失または心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であるから専ら裁判所の判断に委ねられている」としています。
つまり、精神鑑定の結果の医学的知見は、あくまで法律判断の参考となるにすぎません。
先例を踏まえた裁判所の判断基準では、現在のところ、精神鑑定をしてもほとんどの場合は無罪・減軽とならないのが実情です。裁判所は、ちょっとした障害で刑事処罰を免れることがないよう、抑制的な運用をしていると言えます。
(2) 無罪となった心神喪失者はどうなる?
仮に精神鑑定で心神喪失・心神耗弱と判断され、裁判所からも無罪判決や執行猶予の判断をされて釈放された場合、元被告人のその後の生活はどうなるのでしょうか。
心神喪失者・心神耗弱者が釈放されると、医療観察法の定めにより、通常は入院をさせられ、必要な治療を受けることとなります。必要な治療を受けた後に、裁判所に対して退院許可の申立てがなされ、裁判官と専門医が合議して退院を認めるか否かを判断します。
2020年の医療観察法統計資料によると、医療観察法により入院した者の平均在院期間は 1022 日、在院期間中央値は 827 日でした(Kaplan-Meier 法による累積集計)。 また、退院後の再犯率はかなり低いと言われています(厚生労働省「医療観察法医療の現状について」より)。
4.刑事裁判の弁護は泉総合法律事務所へ
精神鑑定による心神耗弱・心神喪失以外でも、示談活動や意見書の提出などにより、被疑者・被告人の方の利益を最大限に確保することができる可能性があります。
刑事事件は早めの対策が大事ですので、刑事事件を起こしてしまったという人は、お早めに泉総合法律事務所の無料相談をご利用ください。
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